おとうさん*ソマリと森の神様

2018-08-10マンガ

暮石ヤコ・著『ソマリと森の神様』 1〜4巻以下続刊 徳間書店

<あらすじ> いろいろな種族の人外たちが社会を作って生活している世界。そんな街から街へと、ソマリとおとうさんは旅をしている。いまとなってはほとんどいなくなった”人間”を探して。

コミックぜにょん』で連載中のweb漫画です。

3話までと最新話が読めるようになってるみたいです。・・・というのも、私はいきなりコミックスを買って、その後もwebでは見ないようにしているので💦(でも今回見てみて良かったです。まだ出ないのかなあと思っていた5巻が20日発売だとわかったので!)

守っていた森に捨てられていたソマリはこの世界では希少な”人間”で、出会い頭に「おとうさん」と呼ばれ笑いかけられたゴーレムは、彼女の親を探し手渡すために旅に出る。しかしゴーレムという種族には1000年ちょうどの寿命があり、”おとうさん”の寿命はあと1年と100日あまり。旅の終わりに待つものは。。。

おとうさんは表情もわかりませんし、言葉遣いも堅く難しいので、とってもクール。おとうさんのセリフで印象的なのは「峻拒」(きっぱりと拒むこと)。

実際に森の守り人として自然や動物たちと過ごしてきたおとうさんには、感情を表現する必要はなかったのかもしれない。でも、ソマリというこどもと過ごすおとうさんは、けっこう感情豊かなのかなと感じられて微笑ましいです。おとうさんはそれを即座に否定しますが。

ゴーレムはその長い寿命の間、清浄で神聖な森の守り人として森の中に存在し、彼がいなくなれば森も『絶ち枯れ』という状態になり、植物は色を失うという。。つまり、おとうさんの守っていた森は、終わってしまったのでしょうか。

森を捨ててまで、出会ったばかりのソマリを両親に手渡そうと思うおとうさんは、やっぱりほんとうは、誰よりも情が深いのでは、、、

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旅をする中で、ソマリはこどもらしく活発でたまに無茶もしますが、一番に感じるのはかなり利発なこだなってことです。おとうさんの話す言葉の意味をかなり繊細に分別しているし、このクールなおとうさんの感情の揺れにも敏感で、よく読み取っています。

森でおとうさんと出会ってからそんなには時間が経っていない(経ってるのかな?)ことを考えると、おとうさんに出会うまでのことが一切出てこないのには、なにか理由があるのでしょうか。

ただ、かなりあかるく、まったく捻くれたところや影のないこどもなので(いまのところ)、辛い目にはあっていないか、あっていてもその渦中で誰かしら良い人がいたんだろうとは思います。

・・・それか、記憶喪失?

4巻でソマリが自分を「わたし」というコマがあるのですが、そこもかなり意味深かなと思いました。でも4巻までにいくらか時が経っているようなので、6、7才の、たとえば数ヶ月というのは、大人になってからの数ヶ月とは違う成長速度でしょうし、もしかしたらソマリが意図的にか無意識にか、そのことを避けているというのはないかな〜とも思いますが。。。どうなんでしょうね。

・・・あれ。いまぜにょんの最新話をみたら、出会った当時のふたりのエピソードが5巻で出てくるような広告が出てました! また読んだらこのあたりは加筆修正しますね・・(恥

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そんなすこし気になる点をはらみながらも、続いていくおとうさんとソマリの旅。そう、紀行ものなので、訪ずれる先々の個性的な街の様子や住んでいる種族、ごはんがなんといっても楽しい!

終わった森でひとり暮らす人間、魔女の村、アリの穴街、砂の海などなど。街と街の間のふたりの様子がほのぼのして大好きなので、それももっとあったらなあ、と思います。

ごはんぎょっとするものも中にはありますが、普通に美味しそうなものも出てきます。でも特に好きなのは、おとうさんの初めての手作り料理、『粗挽き小麦のスフレ』! これはこの世界の材料を使ってはいますが、ほぼ現実のもので代用可能だし、なんといってもスフレですから! それにおとうさんが作ってくれる、っていうのがすごくいい。きっとあまくてやさしい匂いがするんだろうなあ。。

それらを表現する絵の魅力が、この漫画を買った動機でもあります。1巻の表紙、おとうさんとソマリと、森の様子。ひとつひとつとっても丁寧に描き込まれていて、色も綺麗です。しかもここまで描いてるのに、ぜんぜんうるさくないし、人物が背景に埋まってしまうこともない。。

中を開くとずっとこんな熱量で描かれていて、読んでいる間中ずっとこの世界にうっとりしていられます。現実にあるものとはちょっとずつ変わった、あるいは存在しない動植物や街の中の様子を細かく見るのが本当に楽しいです。

ちいさなコマでも隅まで細かく描き込まれていて、ひとつひとつがまるで絵本みたいだなと思います。

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楽しいばかりじゃなくて、物語の中で繰り返し出てくるテーマは、現実の社会を風刺しているようで、胸が痛くなります。

・・・たぶんそれは、こういうものの考え方が自分の中にもあって、それがこのような物語を痛ましいと思いながら読んだとしても、簡単に消せるものではないとわかっているから。

物語の中のそれぞれを愛したり許すことは簡単に思えても、現実には、傷つけられたり感じた怒りを消して”それ”にフラットに接することが難しいことを、知っているから。

そういう思いそれ自体が自分を傷つけたり損なっているんだとわかっていても、それを手放すことはなかなか難しい。。。(と思い込んでいる)

そういう自分を見せられているようで、胸がしくしく痛むのです。この漫画みたいに実際に行動に移したり、誰かに何かを言うわけじゃないけど、それに接した時の自分の中のだけにあるこの強烈なしんどさを、どうして解放できないのか。。。

このことがこの物語の最後ではどんなふうに描写されるのか、それも見届けたいと思います。

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さっき見た最新話では、残りは200日あまりみたいです。

おとうさんとソマリの旅は、終わることが最初から決まっているけれど。おとうさんがソマリの乳歯をケースにぜんぶ収められる未来を祈るばかりです。。