とうらぶ鍛刀:脇差【泛塵】(はんじん)お迎えできました!

泛塵 刀剣乱舞 お正月 鍛刀

【新刀剣男士 新春限定鍛刀キャンペーン】
ということで、2021年になった瞬間から1月3日いっぱい、期間限定の鍛刀で新しい刀剣男士の【泛塵】(はんじん)を入手するチャンスがありました。

日光さんをお迎えできなかったのでどうかな〜と思いつつ、一縷の望みを抱いて挑み、無事来ていただくことができましたヽ(´▽`)/

刀剣乱舞:泛塵

今回のレジピはall500と公式から教わっていたので、ひたすらに毎日鍛刀するばかり。。。
鍛刀って、運が良い時は3回くらいで出るんですけど、出ない時は何百回やろうと出ませんよね。。。

日光さんの時の悪夢。。

置鮎さんだったのでほしくてほしくてすべてがなくなるまでやりましたが。。。
私はとうらぶサービス開始後2週間くらいから始めましたが、イベントがない時はほとんどやってない審神者なので、資材や札はそんなに持ってないです。

でも、300回くらいはやってたんですよね。
こんなにやったことはありませんでした。。。

今回もかな・・・ってびくつきながら、鍛刀開始
依頼札は813枚、手伝い札は500枚以上持っていました。
御札は各種を10枚前後ずつ持っていたので、たまに使いました。

泛塵くんが出てくれた時、依頼札は666枚になっていたので、147回鍛刀したことになります。
お札は竹札を使いました。
今回はたまたま資材などに余裕があったのでよかったです。。。
1000回以上やっても出ないとか、30万の資材が溶けた、などの方もいらっしゃるので、本当に幸運だったのだと思います。

日光さんはいないけど、泛塵くんのこともひとめ見てすごく欲しかった(アンニュイな感じと可愛い顔、服装、全てが好き)ので、センサーが働かなくて本当に良かった。。。
・・・考えてみたら、お正月の鍛刀だけは成功率高い弊本丸です
来年も・・・来年も・・・・たのむ(●´◒`●)

ちなみに鍛刀時間は40分で、本来脇差が出る配合ではないので、39分59秒、と出たら間違いなく泛塵くんでした。

戦う姿も可愛いです・・・(´>///<`)
爪の色が素敵

他に生まれた男士たち

今回はどういう仕組みか・・・
ふだんはなかなか出会えない男士たちがたくさん生まれたのも、全本丸共通だったようです。

弊本丸では・・・

・長曽祢虎徹
・亀甲貞宗
・三日月宗近
・千子村正
・へし切長谷部
・小烏丸
・小狐丸
・一期一振
・明石国行
・数珠丸恒次
・鶯丸
・鶴丸国永

が1〜数人ずつ来てくれました。
乱舞レベルも上げられたのでよかったです(●´◒`●)

泛塵(はんじん)

泛塵 刀剣乱舞 お正月 鍛刀

刀帳番号:196番
ーー泛塵とは浮かぶ塵芥。
人の命も移ろう景色も、なにもかもが塵のようではないかーー

真田左衛門佐信繁(幸村)の脇差

泛塵(はんじん)は「僕は泛塵。真田左衛門佐信繁の脇差」というセリフ通り、真田左衛門佐信繁、真田幸村として広く知られている真田信繁の佩刀とされる脇差です。
茎に金象嵌で「泛塵 真田左衛門帯之」と嵌入されていることから、異名として「泛塵」と呼ばれるそう。

【新刀剣男士 脇差「泛塵(はんじん)」】
茎に金象嵌で「泛塵 真田左衛門帯之」とある真田左衛門佐信繁の脇差。信繁の死後、紀州高野山から売りに出される。宇多国次の作で、「泛塵」とは異名。大千鳥十文字槍と共に、真田のものとして戦場に立つ。

弊本丸にはまだお迎えできていませんが、現在の連戦隊イベント(玉集め)の報酬で登場した大千鳥十文字槍も、同じ信繁(幸村)の愛用品です。(特殊セリフがたくさんあるらしい
連続での真田の刀登場ですね
ちなみに、大千鳥十文字槍の方が、「幸村といえば」の刀となるそうです。

チラ見せ画像の段階で胸元にあった六文銭は、真田家の家紋として有名です。
そして赤い拵も。
でもこれだけで泛塵とわかるのは至難の技ですね・・・(●´◒`●)

ちなみに、六文銭とは亡くなった人に持たせる三途の川の渡賃で、これを家紋にすることは「不惜身命」(仏法のために命を惜しまないこと)を表すそうです。

泛塵の所在ですが、

慶長20年(1615年)、大坂夏の陣における幸村の死後、紀伊国(和歌山県)の高野山(伊都郡高野町)より売りに出たものといい、江戸時代後期の幕末には紀州藩士であった野呂某が所蔵していた。

日本刀買取専門店つるぎ屋:https://www.tsuruginoya.net/stories/hannjinn/

となっており、現在は在所不明のようです。

作者は大和国宇多郡(奈良)から越中(富山)に移住してきた刀工群・宇多派の宇多国次
宇多国次は同名の刀工が数代あるが、銘鑑では時期を正長(応永の後、永享の前。1428年から1429年まで)としているとのこと。
堀川国広が刀に磨上げを施したことも金象嵌にあったとされます。

位列としては「中古刀中上作」とされ、この「中古刀」は時期を、「中上作」は評価順のようなものを表しています。
「中古刀」は元応-長禄年間、つまり1319年から1261年、「中上作」は5段階中5位となります。

刀剣の位列は、代々刀剣を鑑定してきた本阿弥家の極めや江戸時代中期に鎌田魚妙の作った「新刀弁疑」、さらには「本朝鍛冶考」(寛政8年・1796年刊)や「掌中古刀銘鑑」(江戸時代)を参考に決められているもののようですが、現代における位列表は昭和の時代に研磨や鑑定を行なっていた藤代義雄氏と弟子の柴田光男氏が独自に編んだ一覧によるものだそうです。ただし、先の2冊を全く無視しているわけではないので、評価が大きく変わっているわけではない、とも。
また、刀剣乱舞の人気も刀剣の評価に影響を及ぼしている面もある、と複数箇所で見かけたので、泛塵くんの位列も人気に応じて上がってくるかもしれません。

ちなみに、位列が最も高い刀工として、三条宗近や青江恒次、長船長光、来国行、和泉守兼定(之定)、千子村正など、(当然ながら)親しみのある名が並んでいます。

泛塵(はんじん)の意味

「泛塵とは浮かぶ塵芥…」

「泛塵」の「塵」は「塵」(ちり)という文字で、見慣れていますが。。。
「泛」は見慣れない文字です。

辞書好きの私の持っている中で最も分厚い辞書、白川先生の字通のページを繰ってみました。

【泛】は、「ハン・ホウ、うかぶ・ひろい」と読むことのできる文字。
意味は仰向けの死者の象で、水死者の漂流する様を「泛」という。うつ向けの形で漂流する死者のことは「氾」。「さんずいに孚」(浮)は生死にわたっていう語だが、上から手を加えている形の流屍。
①うかぶ、水死者。 ②ただよう、流れる、ひたす。 ③ひろい、あまねく、ひさしい。

(白川静「字通」1290ページより要約)

また、白川先生は「古い時代には、大きな氾濫があるときには、多数の流屍が漂う惨状があったのであろう。漂も流屍をいう字である。」と語系の欄に記されています。

脇差の異名としての「泛塵」という言葉の意味としては、

泛塵(はんじん)とは浮塵(ふじん)と同じ意味で、人の生命は空中に浮かぶ塵のようにはかないものと達観した心境の表現である。

ということが、いろいろな刀剣のサイトに書いてありますが、このもとの文章は「日本刀大百科事典」(福永酔剣・著)にあるようです。

「浮塵」としても、辞書にはない言葉のようですが・・・。
「浮塵子」と書くと「ウンカ」の漢名になり(読みも「うんか」)、ぬかばえのことになるようです。「ウンカ」は「雲霞(うんか)のように広がるから」と名付けられたそう。
「雲霞」の意味は「雲と霞」、「大勢の人が群がり集まる例え」。

つまり、ざっくり・・・「浮塵」は、浮いている(たくさんの)細かい塵、で間違い無いでしょうけれども、「泛塵」は、白川先生の研究を鑑みると、「泛塵とは(空中ではなく水に)浮かぶ塵芥」ということになるのでは、と思ったりします。。
そしてなんとなく、鎌倉時代のものですが、「方丈記」のはじまり(大好き)が頭に浮かぶのです。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

セリフの中に「いずれ砂塵と舞う」という表現があるので、実際にはやはり空中の塵かもしれませんが。

塵(ごみ)

そうそう。
泛塵くんのセリフを聞いていると、塵(ごみ)ということを彼がどのように捉えているのか、興味が尽きないです。
自分を表す塵は否定的ニュアンスですが、そのほかを指しているような場合は、良くも悪くもないただの言葉として使っているような感じがあるからです。基本的にはフラットな名詞として捉えていて、時に応じて意味を加えているようにも見えて。

「俗塵」(意味:日常の煩わしくつまらない事柄)という言葉があるように、「塵」は「現世に生きればこそのもの」とも言えるのではないでしょうか。
新古今和歌集にも、一条天皇のこんな歌があります。

秋風の露の宿りに君をおきて塵をいでぬることぞ悲しき
秋風にも散ってしまう露の宿りにあなたを残して、塵の世を出てしまうことが悲しいのだ。

「塵の世」は俗世のことです。

「ちり」というと、感覚的に否定的な意味しか浮かばなかったのですが。
泛塵くんのセリフについてあれこれ考えるうちに、「それ自体は良くも悪くもなく、意味を決めるのは自分である」というすべてのものへの正当な見方を、「ちり」に対しても適用できるんだよね・・・( ⊙⊙)と発見して、すごくワクワクした気分になりました。

玉響(たまゆら)

もうひとつ、泛塵くんの台詞で印象的なのが「玉響(たまゆら)」という言葉ですね。
たまゆらは、和歌にも出てくる雅語です。

旺文社の古語辞典を繰ってみました。

たま-ゆら【玉響】(「ゆら」は「ゆれる」意)(玉がゆれあって鳴る音がかすかなところから)①かすかに、ちらりと②ちょっとの間、ほんのしばしの間。

Wikipediaには、

たまゆら(玉響)は、勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音のこと。転じて、「ほんのしばらくの間」「一瞬」(瞬間)、あるいは「かすか」を意味する古語。ただし『日葡辞書』には「草などに露の置く様」とある。

と記されています。
『日葡辞書』は文字通り日本語をポルトガル語で解説した辞書ですが、この説明は、日本人らしい繊細な感覚で美しいと思います。
奇遇ですが、先ほどの一条天皇の歌にあるように、草に置く露(その宿り、その美しさ、それが存在する時間)というのは儚さを詠むためによく使われた趣なので、「それをたまゆらという」と言われれば、いわば精神の身体的感覚としてすっと理解できる感じがします。。。

ここでひとつ、藤原定家の歌を見てみましょう。

きのふまでかをりし花に雨すぎてけさはあらしのたまゆらの色
ー昨日まで薫っていた桜だったが、夜雨が降り過ぎ、今朝は残っていまい。玉ゆらのようにはかない花の色よ。

美しいですね(●´◒`●)
「永遠に在る」ことよりも、「移り変わる」「栄えて滅びる」「咲き誇りやがて散る」、それこそが美しい(「あはれ」)と思う感覚は、歳を重ねるほど強くなる感じがしています。

泛塵くんがいつ「たまゆら」という言葉を使っているか、ざっと見てみましょう。

ログイン時:「たまゆらだ
会心の一撃:「たまゆらの彼方に散れ!
遠征帰還:「戻った。たまゆらだったろう?
刀装:「たまゆらだったな
お花見:「花か……。ああ、たまゆらよ
正月:「来年があるのかはわからない。だから、このたまゆらを健やかに過ごせ

泛塵くんは、私の感覚ではわりと否定的で攻撃的な印象だった「塵」という言葉を多用しますが、性格的には、やはりとても凪いでいるもののように思えます。
審神者にかける言葉も、短い命を生きる人間(塵)が、瞬きほどの時を一瞬一瞬たいせつに、のびやかに生きるように・・・と慈しむ響きがあるように感じるのです。

泛塵くんまとめ

泛塵 刀剣乱舞 お正月 鍛刀

泛塵くんは基本的にアンニュイな雰囲気ではありますが、その奥には屈折した・・・というか、ドロドロした熱い感情はないように思えます。
基本的には達観している、諦観をもって全てを観ているのかな、という印象。
それが揺れる時、泛塵くんのよわい、柔らかい面を覗き見ることができるのかもしれません。
・・・それこそ、たまゆらに。
回想はそういう部分を描写しているのだろうと思います。

おそらく・・・。
命がある間は泛塵くんを手元に持っていてくれたから、信繁に対して、恨みや省みられなかったなどの欠乏感は抱いてなさそう。。
まだまだ先になるとは思いますが、修行に出た泛塵くんがどんなお手紙をくれるのか、楽しみにしながら育てたいと思います。(1月6日現在Lv.46です)

 

参考サイト様

 刀剣乱舞ONLINE(とうらぶ)Wiki* 泛塵
 名刀幻想辞典
 趣味の日本刀 日本刀の業物と位列
 刀剣ワールド 日本刀の名刀「日本刀の名物・業物・位列とは」
 日本刀買取専門店つるぎの屋 泛塵
 Wikipedia「真田信繁」「たまゆら

 

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