「かくりよの宿飯」の友麻碧先生の新シリーズ「水無月家の許嫁 十六歳の誕生日、本家の当主が迎えに来ました。」(原作・小説版)の感想です。
こちらはまた新しいテイストっぽかったので、発売前から予約して楽しみにしていました。
続刊も買おうと思うような作品でしたので、できるだけネタバレのないように興味深かった点などをメモします。
友麻碧・著「水無月家の許嫁💍十六歳の誕生日、本家の当主が迎えに来ました。」講談社タイガ文庫
水無月家の許嫁 あらすじ
父の葬儀の日、保護者もないまま明日の暮らしにも迷う水無月六花(みなづき・りっか)の前に、許嫁を名乗る水無月家の本家当主・水無月文也(みなづき・ふみや)が現れる。
父と母を見た自分には、恋愛結婚なんか求める理由がない。でも、『家族』は欲しいーーー。
はじめは混乱したものの、寄る辺のない自分にはありがたいことだと、文也とともに京都の本家に向かう六花。けれどそこには、水無月の一族をめぐる特殊な世界が広がっていて・・・。
「僕はこんな、血の因縁でがんじがらめの結婚であっても、恋はできると思っています」
水無月家の許嫁 感想(というか)
この本は、Twitterで発売のお知らせを見て知りました。表紙のイラストがとってもきれいですよね。微妙にほの暗いムードがあって、そこに惹かれて予約したものです。。
文庫のあらすじにある通り、これは水無月家という天女の末裔たちの物語です。
羽衣伝説に材をとりつつ、竹取物語や織姫と彦星の話など、天の人々や天から降りてきた人々のさまざまなエピソードも融合させて、ひとつの世界観を創っているようです。
今のところは本家の長子の女性を「輝夜姫」と呼ぶとか「織姫」もいるとか、月の世界の遺物が出てきたり、羽衣が重要な意味を持っていたり・・・と、いまは紹介する感じで断片的にちりばめられているので、すべてにどんな意味があるのか、今後しっかり描かれるといいなと思っています。
ひとつ重要なのは、天女を月の民としている、ということでしょうか。
私の感覚では羽衣伝説の天女は月からの存在ではないので、もしここを詳しく掘り下げるようなエピソードがあったら、個人的にさらに興味深く読めるのですが。。
仕来り
またこの物語は、「そうするしかない」境遇に置かれている少年と少女が自らの意思で「許嫁」という「古臭い」関係を選んで(それに賭ける、縋る、といってもいいかも)、そこから恋愛を始めるということが主軸でもあります。
文也さんには文也さんの、六花には六花の事情があり、二人にはそうする以外の道はない。
でも、それが二人それぞれにとって「ほとんど唯一で決定的な救い」でもあるというのがこのお話の好きなところです。
自由が利かない、自由にできないことがとかく悪く思われたり否定されたりする昨今ですが、型にはまって初めて得られるものも、やっぱりあると思うんですよね。欲や衝動を自律してしか得られないもの、というか。
そして一方では、ほとんどすべての人が自由な昨今だからこそ、守るべき「仕来り」がある世界に、みんなが夢を見始めている気もしています。
ただ、だからこそ、この物語の着地点は少々難しいかもしれません。
「仕来り」というのは、なにも許嫁のようなロマンチックなものばかりではなく、遺物(遺産)をめぐる水無月家の本家や分家のありかたもそうですし、まだはっきりとは語られていない文也さんの弟・葉くんの「役割」のような、今の時点では肯定的にとらえられない部分も多くありそうです。(物事には二面性がありますので、事情を知れば認められる部分もあるかもと想像しています)
本作では、この葉くんの「運命」を変えるためもあっての文也さんの頑張りなのか、とひとまず読み取れる。
ただし、気の遠くなるような永い時をかけて、月の遺物や特殊な水無月の家の人間の生命を守るために編み上げられた仕来りは、それこそ有機物のように、一つでも欠けてしまうと他が立ち行かなくなるとも想像できます。
葉くんを救う(その立場を別なものにする)ことは、葉くんを含めた水無月の人間すべてを脅かすことになりはしないだろうか・・・というのが、現時点での私の懸念点です。
また、先生の中ではラストまでのおおまかな道筋は決まっているのだと思いますが(「かくりよ」の展開の仕方でそう感じた)、これが「仕来り」を壊したり変更したりする物語になるとすれば、この月の民の特殊な世界は、遠からず失われる運命にあるといえます。
それが「仕来り」の存在意義だと思うからです。
そうでなければ、今出てきたキーワードや状況から読み取れる葉くんの立ち位置、それが容認される理由がわかりません。葉くん自身がおそらく受け入れていると思えるところも。
・・・まあ、私の想像している通りだとすれば、なのですが。
これは文也さんの大願の一部だと思うので、おそらく長く続くこの物語を通して語られ、かなりあとの方で大きく展開していく事柄かもしれません。どうなるのか、見守りたいです。
母親とお父さん
今のところハッキリしている点としては、六花の家族の問題はかなりヘビーですよね。
ただ、「六花視点で見る家族からの仕打ち」はなかなかにひどいものがありますが、読んでいて心がダメージを受けるというような描き方ではありません。ストレスフルな展開はいい塩梅で切り上げられていますし、一服の清涼剤といった存在や、心強い助力のほのめかしが添えられているからです。
六花が一人で立ち向かうのではなく、文也さんをはじめとした味方がそばにいてくれるから、代わりに怒ってくれるのがいいんですよね。六花はいままでの出来事のせいで「自分だけが悪い」と思っていますが、ふつうの感覚だったら、おかしいのはどう見てもあっちなので。
母親はなんであんなに気持ち悪い感じなんだろう。あんなに幼稚で、見苦しくなる弱さがあるこの人を、お父さんはなんで。って思うけど、それが「恋は思案のほか」ってことであって、六花が恋愛結婚を忌避する理由なのでしょうね。。
ただ、お父さんは母親には話していないことが多すぎるので、家を捨てるほど好きではあっても、結局は一緒に歩けはしない間柄ってことなんですよね。お父さんもわかっていたんじゃないでしょうか。
だから六花のことを説明せずに、自分の本質も知らせずに、ただ母親から離れて、会っているときは取り繕って、結果こんなふうにもつれ絡んでしまったのかもなあ、と想像します。
そもそも六花は自分さえいなければと頑固に繰り返し考えていますが、お父さんが子どもを作る限り、六花がいなくても「別の六花」が生まれるだけなので、水無月家長子の受け皿たりえなかった両親に対して、そこまでへりくだることもないと思います。冷たいようですが、離婚の顛末は、結局は両親という男女二人の問題です。
・・・水無月家の予言による許嫁制度の正しさが、ここで証明されてしまいますね。。
そして、お父さんは母親にも六花にも、どうしようもなく言葉足らずで困った人だなあ、とも思います。
姉
今のところ姉の六美(むつみ)も好きじゃない。行動原理が不明な分、母親よりもいやかもしれません。
いやだなあと思う気持ちを素直に書きなぐってしまったので、たたんでおきます。姉のことを応援しているとか、別にいやではない方は読まないのが吉です。。
すこしでも情があれば、六花の肩を持ったり、自分の子の悪口ばかり言う母親に多少なりとも愛想をつかしたりすると思うんですけど。そういう自立心をさっぱり感じないので、めっちゃロボット感があるんですよね。。
なんであんなみっともない主張をする母親の横に、平気で座っていられるんだろう。16歳なのに、なんで一片の反抗心(=自我)もないんだろう。
これが親のせいだけだとは思えないんですよね。個人的な性質の問題もあるんじゃないかと思っています。だって現代日本において、親からしか価値観を学ばない16歳など存在しませんので。今の姉がああなのは、彼女自身の意志だと思います。でなければあんな母親と一緒に、見るからに格式の高い水無月の家に、しかもあんな用件で二度も来れないでしょう。
あまつさえ、母親の言いなりで許嫁になり替わろうとして屋敷に来ておいて、なんで六花に「また遊びに来てもいい?」などと聞けるのか。しかも、べったりだった母親が放心状態なのをほっといて。
というよりも。
六花も六花で、なぜそれを許可するのか。
その気持ちがまったく理解できない・・・。君のセーフゾーンに姉は必要ないだろう。。。
実のところ、毒親よりなにより、この部分こそが本作中の私的ストレス最高潮地点でした!
この子が妹について何を考えていたのか(いや考える力があるのか)謎だから、急なすり寄りに恐怖と嫌悪感しかない。
会うなら外で会お? まずはそこからだよ。。。
この子はセリフも少ないのに、しゃべったかと思えば例のどの面発言なので、全般的に「厚顔」「意図が読めなくて不気味」って感想になってしまう。なんであんなことのあとにそのテンションなのさ。「やった。じゃあねー」じゃねえんだよ(怒&( ・ω・)⊂彡・::塩)。
母親とはまた違った、真正サイコパス感しかない。
実はいい人・・・みたいなエピソードがあったりするのかなあ。。。心温まる姉妹のエピソードとか。。。(想像しがたいし、あってももう好きとは思わない率98%)
それか、家族からは傷つけられ続けて生きてきたはずの六花が、あの姉に対しては警戒心を持たずにいられる理由が、やっと手に入れた安心できる場所での日常に姉なら入れてもいいと思う理由が、次の巻ででも明かされるのだろうか。。。じゃないと飲み込めない。。。
(えっ、まさか・・・今さら「嫌われるのが怖いから」なんていう理由じゃないですよね・・・。承諾したときの六花そんな感じじゃなかったし、違いますよね・・・)
まあなんにせよ、今のところ姉には許せる要素ひとつも見いだせないです。それなのにしゃしゃってくるからやだなあ、が正直な思い。「かくりよ」の雷獣(だいきらい)に対する思いにちょっと似ている・・・。
・・・感想を書きながら、またイライラしてきましたw
水無月家に嫁入りしたいのかと聞いたときのあの感じが素で、あの調子でずっといるんだとしたら、次の巻からこの姉のエピソード部分は、少なくとも一回目には斜め読みすると思います。
ただ、六美(むつみ)という名前をつけられたことだけが、ほのかに胸がスッとする事実です。六を「りく」と発音しないこと。六花だけが父親の音で名前をつけられていること。
これにそれほどの意味がなくても、私は勝手にそう思って少しばかり留飲を下げる。
万が一、これをお読みのあなたが姉に好感をお持ちでしたらすみません。。。
文也さん
最後に、大好きな文也さんの好きなところを、ひとつだけ挙げて終わりとしたいと思います。(くちなおし)
私が文也さんを好きなのは、和装が奏でるハーモニー&全体的にストイックで勤勉だからなのですが、一番好きなのは、「大人びているのに年相応に不器用なところ」です。
それはけっこう頻繁に感じ取れる部分なのですが、特に印象的だったのは、初めて水無月の蔵へ六花と二人で向かう道中の様子でした。
気づまりで、申し訳なくも思っていて、なんとか心の内を知りたいと思う六花。そんな彼女の何気ない問いを無視して、険しい顔のまま山道を行く文也さん。
これは、「文也さんがいつも緊張しているということ」と、「それを隠して如才なく振る舞う余裕や器用さがないこと」を物語っています。
そこがすごく・・・なんていったらいいのか。綺麗で好きなんです。いつも一生懸命であることが。すかしてないってことが。
また、それに気づかされたり自分で気づいたりしたあとの穏やかな感じも好き。たぶんそれは自分の良くない点だと思ってるはずなのに、すごく自制が効いてて、旧家の水無月家を背負うにふさわしい人だと思うのです。
だからこそかなしい、と感じる部分もありますが、これは彼の素敵な美点なので、ずっとなくさないでほしいです。
まとめ
やだなーと思うキャラのことばかり書いてしまいましたが、今出てきた水無月家には誰も嫌な人がいないので、ほとんどのページではニコニコと、可愛いやらおいしそうやらの楽しい気分に浸れます。
舞台は京都、和風現代ファンタジーの世界観が広がって、「かくりよ」のチビみたいな月毬河童の6号も出てきますし、基本的には癒しの波動を感じる物語。
日常を着もので過ごすのも憧れますし、ちょっと古風な文也さんと六花のやりとりも大好物・・・。
今回は触れられませんでしたが、他にもたくさんの魅力的なキャラが出てきますので、今後物語の中でピックアップされるのが楽しみです。・・・特に、信長。彼って実に興味深いキャラですよね。
作中に出てきた「水無月」は、京都で夏越しの祓に食べられる和菓子。
ういろうの上に小豆が乗ったさっぱりとした甘さの上品なお菓子です。