友麻碧・著『かくりよの宿飯八 あやかしお宿が町おこしします。』
KADOKAWA 富士見L文庫
かくりよの宿飯、8巻です。葵が町や市場に出かけたりする描写がないので、活気がなく閉鎖的で寒い、という印象が残った北の地のお話。物語の最後の方に出て来る雪ん子がわずかにほのぼのとしたあたたかさを残します。
<あらすじ> 妖都を出発した葵と銀次、白夜は折尾屋の乱丸とともに、宙船・青蘭丸で北の地へ向かう。しかし北の八葉・キヨの協力を求めに向かった城で、嫁入りした春日のいまの状況とこの地の抱える問題に触れた葵は、なんとか力になりたいと思うけれど。
🦐 7巻の感想
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北の地
今回は今までになく硬くて重い、さびれた感じのする場所のお話です。
南の地が常世と接しているように、北の地は現世と接しているらしい。
気候や文化は日本の北海道のようなイメージでしょうか。雪深さのために出歩く人影はあまり描写されず、空賊が荒しまわっているから辺境の地は治安が悪い。なによりも春日が嫁いだ北の八葉・キヨ様の居城がちょっと…なんですよね。氷のお城でとにかく大きそうだけど、名前のある住人はおつきの忍びふたりの描写しかないので、なんだか…閑散としてくら〜い印象です。
しかもお城についてすぐ、春日は病み上がりな上に命を狙われているということがわかるし。
なんかこう、縮こまってさむーーくて、しずか〜で…みたいな北の地。
いままでは活気のあるお宿だったり、開放的でにぎわってる市場に行ったり、大都会でたくさんの人や建物があったりと、なんだかんだ明るい環境だったんだなあと思ったりしました。
でもこの感じが伝わって来るからこそ、なんとかしないといけないとそればかりに必死になったり、春日にとっていい環境とは言えないのに…と考えるキヨ様の気持ちがよくわかります。
一方、冒頭で白夜さんにお使いを頼まれた葵と銀次さんは船から降りて別行動するのですが、ここはけっこう楽しい! こじんまりとした宿屋で千秋さんと合流してのジンギスカンはすごく美味しそうです。つぼに入った漬け込みの羊肉…。
そして翌日のトロッコでの移動。このトロッコの内装が居心地良さそうでいいんですよね〜…。これに乗って眠らないひと(あやかし)っているのでしょうか。。朝ごはんの贅沢おにぎりがとっても美味しそうでした。
雪ん子と冬の王
このお話の中で特に好きだったのは、雪ん子が出て来る最後の方のエピソードです。
キヨ様をかばって毒を受けてしまった春日を助けるため特別なきのこを探しに出た時、助けてくれたあやかしの雪ん子。
枯れ草の蓑をかぶっている丸くてちいさいなにか…ということですが、言葉が通じなくて、それが…、それがたまらなく可愛いんです! 「テイ!」とか、日本語としては意味のない音で話しているのですが、その響きはどれもなにかこういじらしくて、ぎゅーっとしたいような気持ちにさせられてしまいます。。
雪ん子もまた、日本の伝承に残っている妖怪と同じ名前です。けれどもダイダラボッチとおなじで、まったくちがう存在として描かれています。妖怪の雪ん子は雪女のこどもですが、この雪ん子たちはみんなちっこくて、冬の王を奉ったりしながら集団を作って自分達だけで力強く生活してるみたい。。
そして今回のこの場面でも、チビがなかなか頼れる感じでした。あやかし同士、なんとなく言ってることがわかるらしくて、複雑な内容は翻訳してくれてます。チビと雪ん子っておなじくらいの大きさなんでしょうか。表紙のイラストではそんな感じだけれど。
また繰り返してしまいますが、友麻先生はいとけない存在を描くのがほんとうにうまいなあ…と思いました。
冬の王というのも、なんだか興味深い存在でした。
”冬の王”と北の地でいうのは精霊信仰の象徴で、地域や民族によって色々な姿を持つものであり、ざっくりいうと自然の恵みと驚異のことだと…。
これって、多神教…というより、アニミズムっぽいものの考え方をするひとにはすごく馴染みのある信仰形態ですね。日本に古くからあるものだと思いますし。
雪ん子たちにとっての冬の王は、巨老樹様、という長い月日を経て言葉と動く手足を持つようになった大きな木のことでした。この子たちが巨老樹様にお供え物をするというのが、口らしきところにそれを投げ入れるという玉入れ方式だったところも楽しかったです。想像すると可愛いっ。
寒くて冷たい印象の中の、ほのぼのとしたエピソードでした。
銀次さん
銀次さんは最初から優しくて、いっしょに夕がおの戦略会議をしたり、天神屋にいるときも、そこを離れて別の地に行くときも、いつもそばにいてくれたかけがえのない存在です。葵にとっては安心して頼れるお兄ちゃんとかそんな感じなのでしょうか。。
だけど銀次さんはいつのまにか、葵のことを特別に想っていて。
ああーー…せつない。
7巻の幕間で、葵が大旦那様に嫁いだ時が今の関係の終わりだと、きっと自分の方が終わらせるだろうと、銀次さんは考えていました。
この気持ち、なんだかわかってしまって苦しい。。
でもそれまでは、自分が葵を守り、かならず大旦那様といっしょにさせるともこころに決めていて。
葵と二人で氷狼に襲われた時の銀次さんに泣いてしまいました。。
葵を大旦那さまにはやく会わせたいけど、そしたら銀次さんはどうなってしまうんでしょう。。
…うーーん。。。今すぐは嫌だけど、大旦那様と葵が結婚したら、後日談で銀次さんに素敵な相手が見つかるお話があればいいな…とはやくも願ってしまうのでした。…だって銀次さんにもしあわせになってほしいから。
ついでに乱丸の相手も見つかるといいよね。。あのひと、誰かに惚れたらどうなるんだろ。なんとなく可愛い予感。暁もそういう意味では興味あるなあ。サスケくんとかも。…あっ、きりがない。
大旦那様
今回はいちばん最後にすこしだけ、7巻よりはたくさん、出てきた大旦那様。
葵に準備した美味しいあれが何かはまだわかりませんが、銀次さんのモノローグで、あれが「大旦那様の命」を削って準備されたもので、『約束』は葵が生まれる前から始まっている幾重にも重なったもの、ということがわかりました。
…やっぱり……。
氷狼に襲われ、雪の中で意識も命も失いそうな中、葵は自分の中に大旦那様の鬼火の気配のようなものを感じていました。それが私には、事実、大旦那様があのとき葵に食べさせた『生命』が揺らめいているんだと思えました。
なぜ大旦那さまはそこまでしてくれたのでしょうか。
『約束』とは、ほんとうは、なんだったのでしょうか。。
大旦那様の本名も明かされました。(ふぉ…カッコいい名前!)
でも、大旦那様がなにを考えているのかはまだわかりません。これまでの時間で、大旦那様自身のことはなんとなくわかっていて、信じられる気持ちはあるけれども。。。
黄金童子にかくまわれていた大旦那様も、そろそろ動き出しそうな気配。もうすぐいろいろなことの決着がつくのでしょうか。
最後に
いまだ謎めく黄金童子についていく葵、というところで終わってしまった8巻。
あんまり彼女のことが好きじゃない私は、なーーんかもやもやっとしてしまいます。また悪意のある人の中に放り出されたり、わけも聞かされないまま振り回されたりするんじゃないのか…という怯えがあります。次の巻ではすこしでも好きになれるエピソードがあるといいなあ…。
あと、松葉様の扇、まだ葵に返さないんでしょーかっ? そこもけっこうひっかかってるのです。
だけど、なんだかんだで葵が大旦那様に会うことはできそう…。この感想文も、やっと追いつきました。
寒い土地での寂しいイメージもつらかったし、2冊続けての大旦那様飢饉もひどかったので、次巻はいろいろと潤うといいなあ。
かくりよの宿飯 八 あやかしお宿が町おこしします。 (富士見L文庫)
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